松代での信濃キリスト教学園の評議員会に出席して、空き時間があったので、近くを散策したところ、見かけ立派な神社を発見しました。住民からは「お諏訪さん」として慕われている神社とのこと。
案内板には次のように書いてあります。
祝神社 伊勢町
祭神 生魂命いくたまのみこと
八坂斗売命 やさかとめのみこと
延喜式内社埴科郡五社の一つで千年以上の歴史を有す。松城城下時代は町方の産土 神、総鎮守社として祀られ、いまも親しみ を込めて「お諏訪さん」と呼ばれている。
慶長三年(1598)に、生魂命は東条から、 健御名方冨命八坂斗売命の諏訪二神は海津城 二の丸から合祀された。 本殿は一間社入母屋 造り銅瓦葺き、拝殿は間口四間、奥行七間、瓦葺き。見事な立川流の彫刻が刻まれる。
境内には稲荷社、八幡社、天神社、西宮 神社(恵比須神社)、猿田彦社、宗像社な どがあり、学問、商業、家屋敷、食物、治水、 漁業、道案内他、八百万の神が祀られる。
画像は拝殿ですが、随分と奥行きのある大きな拝殿です。
祝神社 本殿・拝殿
本殿・拝殿は江戸時代の文化九年~十二年(1812~15)に再建された。
本殿は銅板葺きの二間社流造りの社殿で縁および浜床を高くとり、均整のとれた外観を示している。
拝殿は入母屋造、桟瓦葺、妻入、正面向拝は唐破風である。内部は二室で奥間は二段床が高い、正面一間を吹き放し、三方に縁を回す。本殿・拝殿ともに江戸時代後期様式で本殿の脇障子に唐獅子を表し向拝中備の龍や木鼻の象など、各所に彫刻が華やかにほどこされている。
古くから諏訪大明神として信仰を集めており、慶長四年(1599)この地に鎮座されている。 松代登録文化財の会
本殿は拝殿の奥にありますが、本殿についての案内板にはこうあります。
本殿
本社は信濃乃国一の宮と称し万民の崇敬篤き諏訪大神でその分身を斎き祀った